忘れることは出来ないのか 2002年3月23日 水曜日 03:21
午前、大学に行って復学の手続きを行う。
手続き自体は僅かな時間で終わった。休学の時にはもっと面倒だったような記憶があるが、あの頃の記憶はいまとなってははっきりしない。
昼、大学の傍にあるラーメン屋で札幌風豚骨味噌煮込みラーメンを食べる。カオス。
午後、堵洛のメガネタワーにある古本屋で文庫本など数冊購入。
その帰り。堵洛の駅、上りホームで電車を待っていたら。
下りのホームにあの人がいた。
ひとりだった。
俺に気付かないまま、ベンチに座って携帯をいじっていた。
見てはいけない。見たらまた泥沼にはまる。
でもだめだった。気持ちとは裏腹に視線はあの人に向いてしまう。
どうしてこんなところで。せっかく忘れていたのに。
でもだめだ。だめだ。見たらだめだ。
そう思えば思うほどあの人に目が行く。
携帯をいじっているあの人を見ているうちに、二人で過ごした日のことがよみがえってくる。
映画に行った。ランチに行った。100均に行った。古着屋に行った。
気がつくと、俺は、自分の携帯を取り出して、あの人の電話番号を押していた。
あの日、あの人の部屋で、あの人に逢った最後の日に、あの人と、あの野郎が見ている前で消去したあの人の連絡先。
携帯のメモリーから消去出来ても、俺の記憶からは消去出来ない。何万回と目にして憶えた番号。指が勝手に動いてしまう。
あの人はまだ携帯をいじっている。
俺の携帯から、呼び出し音が聞こえる。
ホームの向うにいるあの人が、手にした携帯の画面をちょっと覗き込んで、ちょっと吃驚している。
まさか、俺の名前があの人の携帯に表示された? まさか? まさか?
電話が繋がった。あの人が電話に向かって話し始めた。俺は、息を殺してあの人の声が聞こえてくるのを待った。
だが、あの人の声は聞こえてこない。
それでも、あの人はたしかに携帯に向かって話しかけている。楽しそうな笑顔を浮かべながら。
俺の耳に飛び込んできたのは、どこだからわからない国の言葉で、何事かをまくし立てている。
訳がわからずにあわてて電話を切った。
あの人はまだ話している。楽しそうに。嬉しそうに。
あの人は携帯電話の番号を変えていたのだ。
あの人はまだ電話で話をしている。
そのまま、改札に向かう階段を見る。ひときわ輝く笑顔。
階段を、あの野郎が降りてくる。携帯電話を耳に当てて何事か話しながら。
あの人の視線はあの野郎に向けられている。
あの人の隣にあの野郎が座る。あの時と同じような服装。
何でジャージなんだよ、手前ぇは。
何でへんな銀のネックレスとかしてるんだよ、手前ぇは。
何で髪の毛が逆立ってんだよ、手前ぇは。
あの人は嬉しそうに、あの野郎に密着して話し込んでいる。
なんであの野郎なんだよ。なんで俺じゃ駄目なんだよ。
あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。
俺があの人を諦めたのは、あの人の幸せを願えばこそだ。
あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。あの野郎。
許さねぇ。
あの人を悲しませたくないから、俺はもう、あの人を好きになることは無い。
あの人へのこだわりは無い。
でも、あの野郎だけは許さねぇ。
到着した電車に二人は乗り込んでいった。結局、俺には気がつかなかった。
俺はそのままあの野郎へを呪う言葉を、心の中で吐き続けた。
あの人はいい。だが、あの野郎は許せねぇ
あの野郎だけは。