だがどうしたことか、王様は苦渋に満ちたような表情を浮かべたまま押し黙ったままで居られる。
再三にわたり大臣がご勅命を、と王様に進言するが、王様の口は堅く閉じられたまま開くかない。
大臣の進言は耳打ちの段階を超えて、その場に居る者全員の耳に届く大きさにまで高まっている。無論、その場に居る全員が聞こえないふりをする。娘は面白そうにこの光景を見ている。
痺れを切らしたように、或いはその場を持たせるように大臣がこちらに向かって口を開く。
「本日はまず、王様から魔王討伐のご勅命を賜ります。次いで、ただいま我が城の保管庫に置かれております王家の紋章、これをいま城の者が持って参りますのでお受け」
「ご末裔様」
大臣の言葉を遮るようにして王様が重々しい様子で口を開いた。王様は、苦渋に満ちたような表情を崩さぬまま、続けて次のように云った。
「王家の紋章は火吹き山の山中、その奥深くにあるのです。ついてはご末裔様、御自らの手でこれを取りに行ってはくださらぬか」
周囲を緊張が走った。見れば、大臣などは最前までの苛立ちが消え、呆気にとられたような表情に変じている。いったいこれはどうしたことか。
たが次の瞬間、私は深く理解した。
火吹き山にはそれほどの危険が待ちかまえているのだ。そう、それは王様の表情を曇らせ、言葉にするのもはばかられるほどの危険なのだ。
だが何を恐れることがあろう。私はこうした日々を迎える為に幼い頃から我が身を鍛え続けてきたのでは無いか。むしろ、腕が鳴る、と腕を撫すような場面だ。
「しかと承りました。必ずや王家の紋章を獲得してご覧に入れます」
私はいま決然とした口調になっている。そう自分で判るほどの強い口調で私は王様の申し出を了解した。
苦渋に満ちていた王様のお顔に笑顔が戻った。なんという素晴らしい笑顔だろう。その笑顔が、冒険に挑む私にとって何よりの滋養となる。この世界の平和を守るという使命を改めて思う。
私が戻るまでの娘の保護を頼み、私は火吹き山に向けて急ぎ出立をした。
謁見の間を辞した直後、大臣の驚くような声が遠くに聞こえた。だがいまは一刻を争うときだ。私はそう思って火吹き山への道程を急いだ。なにかあれば追って知らせに来る筈だ。