王歴721年某月某日
やはり昨夜は疲れていたのだろう。差し込んでくる朝の光にもまったく気付くことなく眠りこけていたらしい。
「おばちゃーん、おとうさんが起きましたよー」
帳場にでもいるのであろうこの宿の女将に向かって、娘が大きな声をかける。
はーい、ありがとうー。という女将の返答が聞こえたな、と思ったが、まだ目が覚め切らぬ所為か起き上がる気にならず、ベッドの中でグズグズしていた。
「ほらほら早く起きてー」と、いつもながらの明るい声音で云う娘の声に急き立てられるようにしてようやくベッドから脱け出した。
それに合わせたように、女将が朝食を運んできてくれる。女将は年の頃なら五十見当、小柄であり、その丁寧な物腰や絶える事の無い微笑みが落ち着いた雰囲気を醸し出し、見るものに得も云われぬ安心を与える。
上等、豪華とは云えないが、心尽くしの手料理が目の前に並べられる。
早速、口に入れる。味覚・分量ともに程よい塩梅で、どちらかといえば料理が苦手であった私の妻が作る料理とは比べ物にならない美味さであった。あっという間に食べ終え、娘にそう云って女将に食事が終わった事を伝えさせる。やはりあまり忙しくないのだろう、女将はすぐにやってきて、テーブルの上の皿がみな綺麗になっている事に満足したような笑顔を見せた。
「ごちそうさまでした」
「お口に合いましたでしょうか」
「大変に美味しかったです」
「それはよろしゅうございました」
にっこりと微笑んだ女将に向かって、娘が、おばちゃん料理上手ねー、と屈託なく云った。笑い声が起こる。
料理を下げようとする女将に尋ねる。
「伝説の剣の在り処について、なにかご存知ではありませんか」
女将は一瞬、訝しげな表情に変じてから次のように云った。
「剣……ですか? 伝説の盾であれば、グランゴランの洞窟の中にあるという噂が古くから伝えられておりますが」
お城の王様から直接聞いた確度の高い情報なのだが、と重ねて云ってみたがやはり女将は盾のことしか聞いたことが無いという。
まさか王様ともあろう御方がそのようないい加減なことを云うものだろうか。
しかし目の前の女将が嘘を云っているとも思えない。
いずれにせよ、グランゴランの洞窟に行ってみるより他に事の真偽を明らかにする手だてはないようだ。
グランゴランの場所を女将に尋ねると、現在、私たちが居るクリメールの街から北西に向かった場所にあると教えてくれた。だが同時に、その入り口には長らく結界が張られていて、容易に人が立ち入れぬようになっているのだとも教えてくれた。
そういえば、子供の頃に聞いた事がある。
悪の魔王ブラック・デモンを討ち果たし、世界に平和を取り戻した我が祖先である伝説の勇者は、そのとき携えていた剣、盾、鎧を、二度と再びこれらが必要となる危険な世界が訪れぬようにとの願いを込めて、世界の各地に秘匿するように保管・封印をした。さらにはそれらの場所には、勇者に同行した魔法使いの魔力による結界が張られている。
そこに隠されているのが噂の通りに伝説の盾である保証は無いが、いずれにせよ、それら武具のひとつがそこにある事は間違いないだろう。