然しいまはその幸せを噛み締めている場合ではない。妻の行方について方々で聞き歩いてみる。すると昨日の午後に武器・防具を取り扱う道具屋と通称される店で妻の姿をみたという人があった。何故に妻は道具屋に。と多少の疑問が頭をもたげたがいまはそれを気にしている時ではない。何よりあの真面目で一本気な妻のすることだ、云えば世間が感心するような真っ当な理由があるに違いない。それは妻のこれまでを見ていれば容易に想像がつくことであり、ましてや結婚をし、娘まで為した私が真っ先にそう考えなければならない筈である。私は、たとえ僅かなりとも妻の行動に疑問を抱いた自分の心根の卑しさ、即ち信じてやるべき相手を信じ切れていないことを恥じた。それから気を取り直して足早に道具屋へと向かった。
 店に入ってみるとまだ早朝に類する時間が為か店内はがらんとしている。客は勿論のこと店番すら居ない。この店には先年、親父さんの跡を引き継いだ若旦那がいる筈だ。と思って奥に向かって声をかけてみる。


 はい、ただいま。と女の声が返ってきた、と思う間も無く店の奥から出てきたのは妻であった。妻と云ってもこの店の若旦那は独身であり、つまりこの場合の妻とは私の妻だ。鬢の解れを楚々とした様子で直しながら店のカウンターに立ったその姿はごく自然で、知らぬ人がみたらこの店の女将と思うに違いない。最前、押さえつけたばかりの何故妻がここにこうして、という疑問がまたもや頭をもたげてくる。が、目の前にいる最愛の妻なのだ、六年ものあいだ苦楽を共にしたかけがえのない存在だ、と思い直して再び疑問を封じ込める。
 なにかご入り用で。と云いかけたところで目の前に居るのが私と分かった瞬間、妻はあっ、と声にならない声をあげてからサッと踵を返し一目散に店の奥へと取って返す。よほど重要なことでも思い出したのだろうか。