家に戻ると、旅に必要な仕度が既に整えられている。義父母に尋ねると、私が外出している間に城から兵士が訪れ私の登城を急がれた為に、少しでも私の出立が早められるようにと支度を済ませておいたという。
 普段は一つ事を頼むのにも二度三度と繰り返し云わなければ動いてくれない義父母である。それ故にこの手回しのよさに覚える嬉しさはひとしおだ。やはり義父母も、魔王の復活とその討伐の旅に出ることを私や妻が思うのと同様に重大事と捉えてくれているのだろう。
 用意された荷物に過不足の無い事を確かめる。それから、今にも泣き出しそうな顔で私をみている娘においでと声をかけて呼び寄せる。途端に明るい笑顔を見せて駆け寄ってくる娘。私は娘を抱き上げてやる。娘を授かってから幾度と無く感じた幸福な思いが胸に拡がる。
 その光景を見守っていた義父母が口を揃え「じつは、今回の旅に孫を連れていってもらいたいのだが」とおずおずとした様子で云う。最前、妻にもそれを頼まれ同意した事を伝えると義父母は満面の笑顔となり「助かります」と云ってから深々と頭を下げた。この親にして我が妻あり。皆が娘の不憫を思っている。自分はなんと優しくも素晴らしい家族に恵まれたのだろう。

 「それでは行って参ります」そう義父母に向かって挨拶をしてから、どこに連れて行ってもらえるのだろう。と期待に満ちた表情で私を見上げている娘の手を引いて城に向かう。一歩、また一歩と城に近づくたびに緊張の高まりを覚える。
 ついに目指す城が眼前に迫ってきた。城門の前まで来たところでふと、いま来た道を振り返った。
 すると、既に小さく見える我が家に戻ってきたらしい妻の姿が見えた。小さな歩幅でせわしないような足取りで歩く見慣れた姿が家の中に滑り込んで行く。同じようにそれを見ていた娘が、私の手を更に強く握った。
 私には守らなければならない家族がある。
 世界中の人びとにも、守らなければならない大切な誰かがいる。
 だから私は魔王を討ち果たし、世界を平和へと導かねばならない。
 そのために私は産まれ、これまで生きてきた。
 娘に「さぁ、行こうか」と声をかけた。娘はとびきりの笑顔になって大きく頷いた。
 妻よ。義父母よ。心配であろうが私が戻るまでのあいだ達者に暮していて欲しい。私はいついかなる時も、あなたたちのことを大切に思っている。