人生の大半を武芸百般の鍛練に費やしてきた成果が、これほどまでに鮮やかにあらわれるとは我が事ながら驚くべきことであった。
王家の紋章は地下にあるという情報のみを頼りに最下層を目指して一散に進んでいく。
長らく観光地として繁華な場所だっただけに、山中の道筋も整備されていて、登るにせよ下るにせよほぼ一本道で構成されている。
行く手を阻まんとする魔物もいずれも弱く、ほぼ一撃必中で打ち倒すことが出来る。
四層からなる地階、その最下層にたどり着くまでおそらく一時間とかかってはいまい。
たどり着いた最下層は周りを溶岩に囲まれた、ほど狭い足場のような地面があるばかりのところだ。
だがしかし、その見た目とは裏腹にほとんど暑さを感じない。どころか、地下深くであることをいやが上にも思い起こさせるようなひんやりとした空気が漂っている。
それもそのはず、この溶岩はすべて蝋細工で作られたものである。つまりは、観光客に対して、火吹き山という名前をより印象づける為に成された演出なのである。つい先日までの平和だった日々が偲ばれる。
しかし元来、我が祖先が火吹き龍を倒した場所であるから火吹き山、との名がついたのであり、山そのものが火を吹いているわけでは無い。
狭い足場のような地面、その中央に宝箱が置かれている。
その宝箱を守るかのように緑色の魔物が佇立していた。
魔物は、自身が守っている宝箱の中身が何であるか、おそらくは知るまい。魔物は、我々人間が大切にしているものは須く破壊し尽くす、との行動原則に則って生きているだけであり、そこに理論的な判断は無い。人間が大切にしているものらしい、だからこの箱を人間の手にはふれさせないようにする、そう思っているばかりだ。
魔物の正面に立つ。見上げるほどに大きな体躯は優に私の倍はあろう。
魔物は、知性の光の感ぜられぬ眼をぎろりと剥いて私を見下ろす。
私は静かに剣を抜いた。
魔物は、僅かに腰を落とし、戦闘の気合いを全身から滲ませる。
潜り込むように魔物の懐に飛び込み、下から剣を振り上げ魔物の胴体を一気に薙ぎ払う。
会心の一撃。
私の覚えた手応えに間違いは無かった。どう、という派手な音を立てて魔物がその場に崩れ落ちる。紫色の鮮血が辺りに迸る。息絶えた魔物を後目に、私は宝箱に手をかける。鍵はかかっていない。
カチャリ。という小さな音がして宝箱が開く。
その中には、白く輝く小さな指輪が一つ。
我が目を疑う。
何か見落としたのか。しかしここへ至る道のりは一本であり見落とすような要素は無い。
ならば上か。
私はしばし宝箱の中で瀟洒な光を放っている小さな指輪を取り上げ、懐に仕舞ってから、今来た道を戻り頂上を目指した。
たどり着いた頂上には、見晴らしの良い景色があるばかりで王家の紋章はもちろん、獲得すべき宝物のようなものは何一つなかった。
地下への道がそうであったように、頂上への道も実によく整備されており、道中、何か見落とす気遣いは無い。
つまりここには王家の紋章が無いと云うことだ。
私は王様にかつがれたのか。
いや、謁見の間でみた王様の悩みに沈んだ表情……あれは人をぺけんにかける人間が見せる悲壮では無い。嫌な予感が胸を過る。私は城に向かって駆け出した。