マンダスクの城を後にしてどれくらい歩いた頃だろう、すでにその偉容が彼方に消えた頃、私の手を娘がちょいちょい、と小さく引っ張る。
 なんだい、と見やると娘は、にっこり笑ってから背負っていた小さなリュックを背中から外し、その中をがさごそと探り始める。
 程なくして娘は驚くべきものを取り出して私に見せる。
 娘が手に持っているそれは……王家の紋章であった。
 いや、正確には王家の紋章と瓜二つのメダルであった。思わず手に取り、私がいま胸につけている王家の紋章と見比べてみる。大きさや厚さはまったくといっていいほど同じだ。描かれている紋様も王家のそれでありまったくといっていいほど同じだ。
 違うのはその輝きである。私の紋章が新品と見紛うほどの輝きを放っているのに対し、娘が持っている紋章は見るからに時代掛かっていて、その輝きは鈍い。だがその鈍い輝きは、燻されたような滋味を湛えているようにも映り、ともすれば娘のもののほうが本物らしく見える。
「地下のお部屋で拾ったの」
 私が火吹き山に云っている間に通された、城の地階にある部屋に落ちていたらしい。
 返しに戻ろうかとも思ったが、そのような地下の部屋に打ち捨てられていたものである。おそらくは土産物屋で販売されている程度の代物に違いない。
 返しに戻るには及ぶまい、そう考え「大切にしなさい」と娘に云って聞かせた。
 娘は殊の外喜び、つけてくれとせがむ。云われるまま、娘の胸にその紋章を付けてやる。「おそろいね」
 満面の笑顔を湛えて喜ぶ娘の頭を撫でてやる。


 ふと、マンダスク城の方を振り返る。
 そういえば、王様に献上したあの指輪はいったいどうなっただろう。
 だが、その疑問に対する回答はもはや私には必要のないものだ。
 小さな、それでいて確かな力で私の手を握る娘の手を引き、私は改めて前に進んだ。
 クリメールの街についた時、すでに陽は地平線の彼方に沈んでいた。昼と夜が入れ替わる寸前の紫に染まった空の下、木賃宿と云っていい街で唯一の宿屋に投宿する。
 宿を一人で切り盛りしている老婦人は、私が身に付けている王家の紋章を認めるや、宿賃は必要ありませんと云って、宿で一番の部屋(とはいえそれはお世辞にも上等とは云えなかったが)を世話してくれた。老婦人の用意してくれた心尽くしの手料理を頂戴する。食べ終わると娘はすぐに寝てしまった。
 私もすっかり眠くなった。
 思えば長い一日だった。このような日が今後、魔王を討ち果たすまで続くのだ。王様に云われた通り明日からは、我が祖先が世界各地に遺したという伝説の武具を探して回ることにしよう。