街に戻るとそのまま宿屋に向かう。女将ならば、あの結界にまつわる事や、それをかけたとされる魔法使いの存在について、何某かの情報を持っていると考えたからだ。
 ところが、宿屋の入り口は固く閉ざされていた。木製の粗末な、両開きの入り口に「準備中」と書かれた札が下がっている。
 私はその扉を強く叩いて女将を呼んだ。返答は無い。引き下がる事なく繰り返し扉を叩いて女将を呼ぶ。
「どちらさまですかー」
 ようやく帰ってきたのは聞き覚えのある我が娘の声だった。私は娘に扉を開けるように頼んだ。
 がちゃり。そろそろと開いた扉の隙間から、我が娘が不安そうな顔を出した。目の前にいるのが私と解るやその表情は一変して、弾けんばかりの笑顔になる。
 娘に女将の所在を尋ねると、女将は最前、私が出たあとすぐ、娘の持っていた土産物の紋章を手に何処かへ出掛けていったという。それからひとりで留守番をしていたらしい。
 よく頑張ったね、と云って娘の頭を撫でてやる。ますますの笑顔。女将の行く先を更に尋ねると、娘は思い出そうとして暫く考え込んだがやはり何も聞いていないようでその行く先は知れなかった。


 女将は何か知っている。それでなければこんな小さな子をひとり残し、仕事を放り出して出掛けたりはしない。
 また出掛けちゃうの? と、私が女将を追って出立しようとしているのを察し、いまにも泣き出しそうな顔でそう訪ねる娘を宥めて宿屋から出る。娘の寂しそうにしている姿を見るのは本当に辛い。
 がちゃり、と、宿屋の扉の鍵が内側からかかったのを確かめてから、街の中へ出て情報を集めて廻った。狭い街であるために情報は容易く手に入った。
 それによれば、女将は北東に向かっていったといい、また、女将はその方角にある小さな塔の脇に立つ一軒の家に行く事がよくあるという。
 更にその家についての情報を集めたところ、そこには我が祖先と共に魔王討伐を果たした伝説の魔法使い、その子孫が代々暮らす家であり、偉大なる魔道士が住まっている場所であることも知れた。
 間違いない。
 あの洞窟には伝説の武具が眠っている。さらにはそれを守る結界を消滅させる事が出来る魔法使い、つまりは偉大なる魔道士もまた、そこに行けば見つかる筈だ。
 私は北東に向かって一目散に駆け出した。