しばらく進むと目の前に変哲のない一軒の家と、三層からなる小さな塔が見えてきた。街の人々から聞いた通りの光景であり、さすれば女将の向かった先は間違いなくここであろう。然るに伝説の魔法使いの末裔である魔道士もここにいるということだ。
歩みを止める事なく進んで行くと、塔の前にひとりの若い女性が立っているのが見えた。
女性は、なにやら落ち着きの無い様子で地面を眺めたり天を仰いだりしている。時折、塔の前に立ち尽くしている蝋人形のように見える魔物の像に向かってなにやら話しかけたりもしている。
私は、歩を進めて女性に声をかけ、自分が伝説の勇者の末裔であること、グランゴランの洞窟の入り口に張り巡らされた結界のこと、それを消滅させることが出来るであろう伝説の魔法使い、その末裔を探していることなどを一息に話した。
女性は、何の返答も寄越さないままにしばらく私の顔を眺めていた。尋ねるべきことを伝え終えた私も黙っている。しばしの沈黙が続いたあと、女性がようやく口を開いて云った。
「あなたがお探しになっている伝説の魔法使い、その末裔である魔道士とは私のことです」
女性は澱みのない口調で、きっぱりとそう云い切った。
こんな若い女性が。まだ小供から大人に変貌を遂げつつある年頃では無いのか。本当にこの娘が”大魔道士”と呼ばれるほどの偉大な存在なのか。
そうした言葉が立て続けに脳裏を過った。だが、我が祖先である伝説の勇者と共に魔王討伐を果たした伝説の魔法使いも二十歳になるかならぬやの女性であったと聞く。ならばこの女性が大魔道士だという可能性を頭から否定するわけにもいかない。
そんな私の不審を察したのか、女性は私に向かって片膝をつき頭を垂れて、
「お待ちいたしておりました、ご末裔様」
恭しくそう云った。
疑う余地は無かった。私も女性に、いや、大魔道士に声をかける。
「復活した魔王の討伐を共に果たしましょう」
女性は、いや、大魔道士はしなやかな身のこなしで立ち上がり、私の目を見て微笑み、身支度がありますからといっていったん家に入る。
程なくして、身の回りのものが詰められていると思しき荷物を背負って再び出てきた。その姿がどことなく家出少女のように見えて僅かに可笑しかったが、しかしながらこの女性は伝説の魔法使いその末裔であり、人々から大魔道士と畏敬されている。つまりそうされるに相応しい魔力を備えているのだ。そう思い直して、娘さん・女性という意識を心の中から放逐した。
「では参りましょう、ご末裔様。このあたりの道については私の方が詳しいはず。先導いたします」
大魔道士はそう云うと力強い足取りで歩みを始める。見ようによってはまるで何かから逃亡するかのような早足だ。あわてて私もそれに続く。
大魔道士の住いが見えなくなった頃、最前から気になっていたことを大魔道士に尋ねた。
「クリメールの宿屋の女将があなたの元を訪れませんでしたでしょうか」
大魔道士は立ち止まりこちらを振り返って、不思議そうな表情でいいえと答えた。合点が行かぬ思いがしたが、女将がここへ向かったというのも人伝ての情報でしかなく、とすればその情報が外れたということなのかも知れない。いずれにせよこうして大魔道士と巡り合えたのだし、気に病むほどの問題でも無さそうだ。そう思い直して再び歩き始めた。