ですがあなたが保管をしているともっぱらの評判です、と尚も食い下がったが吟遊詩人の末裔(面倒なので以後は吟遊詩人と書く)は、やはりそんなものはここにはないの一点張りだ。
私は尚も鎧の在り処について食い下がるように尋ねたが吟遊詩人の答えは相変わらずだ。埒が明かない。我々の間にそんな空気が流れた。「もうよろしいですか。私も忙しいので」吟遊詩人はそう云って話を切り上げようとする。疾うに話の接ぎ穂を失っていた私にはどうすることも出来ない。
お引き取りを、と吟遊詩人はやはり陰鬱な声音で短くそう云うと、断末魔の叫び声をあげる扉をそそくさと閉じてしまう。その姿からは一刻も早く私との対話を打ち切りたいという思いが見て取れた。
この場所が醸し出す饐えたような匂いと、毒の沼地が放つ刺すような臭気に包まれながらしばしの間立ち尽くす。この先どうしたら良いのだろう。伝説の鎧を所有していると目される吟遊詩人からけんもほろろの扱いを受けた。到底協力が願える様子ではない。しかしながら伝説の鎧がなければ魔王を討ち果たすことは出来ない。畢竟、ここで伝説の鎧を獲得することが出来なければ、私に課せられた使命は失敗に終わり世界は魔王の手に堕ちる。
どうしたらいい。私は重い足取りで宿に戻った。
宿に戻ると大魔道士と娘が一つのベッドで仲良く眠り込んでいた。その様子は無邪気というより他なくまるで年の離れた姉妹である。
そんな二人を余所に、私は今後とるべき方策に思いを巡らせた。伝説の鎧は何としても獲得しなければならない。だがそれを所有していると噂される吟遊詩人はその所在について知らないという。加えて吟遊詩人の様子からは積極的に協力をしようという意気も感ぜられない。寧ろ、私との関係を拒むような色すら伺えた。そういえば、共に魔王の魂を封印した互いの先祖は余り関係が良くなかったと聞いた覚えがある。だが、先祖たちが活躍した時代からは既に七百年が経過している。それを理由に私を拒むことなどがあり得るだろうか。
わからないことばかりだ。いったい私はどうすればいいのか。大魔道士と娘は相変わらず寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。窓から射し込む柔らかな光が二人を包み込む。窓外から鳥の囀りが楽しげな調子をもって聞こえてくる。極めて平和な空間。魔王が復活を果たしたことを忘れそうになる。私も眠たくなってきた。瞼が重たくなる。もういいや。寝てしまおう。
そうして瞼を閉じた刹那、部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。