その音が微睡み始めた意識に活を入れた。全身がびくっとなる。頭を二三度振るって微睡みを追い払ってからから「はい」と返事をする。それに呼応してドアの向こうから声が聞こえてくる。この宿の主人を務める老夫婦、その妻女の声であろう。
「お客様にお客様でございます」
妙な言葉遣いをすると思ったが、つまりはこの部屋の泊まり客である私に面会を求める客があるという意味だろう。どうぞ、と答えるとゆっくりとドアが開き、やはり老夫婦の妻女の顔が覗いた。
「こちらの方がお会いになりたいそうでございます」妻女に紹介されて現れたのは吟遊詩人であった。思い詰めたような表情で立ち尽くしている。なぜ私を訪ねてきたのだろうか。
しずしずと頭を下げて妻女が戻っていく。私は吟遊詩人を部屋に招じ入れた。大魔道士と娘は既に目を覚まし、寝所から起き上がって吟遊詩人を迎えている。
挨拶もそこそこに吟遊詩人は話し始める。
「先ほどは失礼をいたしました。実は、ご相談があってこちらに伺いました」
「相談と云いますと」
「実は……申し上げにくいことなのですが、伝説の鎧を盗まれてしまいまして」
「盗まれた?」
「はい。あなた様がやってくる数時間前のことなのですが、この村に突如として現れた魔物に奪われてしまったのです」
「魔物……それはいったいどんな魔物ですか」
「ハッキリとした姿はわかりません。ただ、どうやらその魔物は人間に取り憑いて悪事を働くようです」
「そういう魔物は確かにいます。では、その魔物が取り憑いた人間に奪われてしまったというわけなのですね」
「そうなんです。この村で一番の金満家がいるのですが、ご存知でしょうか」
先ほど、村の人々に伝説の鎧についての情報を尋ねて回った際に、ひときわ大きな家があったのを思い出した。
「この村には似つかわしくないような大きな家がありますね」
「そうです。その家の主に取り憑いてしまったのです。魔物とはその家主の肉体を操り、私の家に押し入り伝説の鎧を強奪していったのです。その数時間後です、あなたが私の元を訪れたのは。まだ混乱の中にあった為に失礼な態度をとってしまったことをおわびいたします」