吟遊詩人はそう云って頭を下げた。無理もない。太平の御代が続いて七百年余り、如何な吟遊詩人とは云え魔物に遭遇をするのは生まれて初めてのことだろう。そう思って私が気にしないでくれと云うと吟遊詩人は安堵した様子を隠さず再び頭を下げた。私は話を続けた。
「それで、私に相談というのは」
「伝説の鎧を取り返して欲しいのです。私一人では到底、魔物に適うものではありません。そこで皆様のお力をお借りしたいと、鎧を奪われてしまった恥を忍んでやって参りました。もちろん、無事に取り返した暁には、鎧は皆様にお渡しいたします」
否も応もない。伝説の鎧を手に入れる手段は他に残されていない。私は吟遊詩人に応諾の意思を示した。吟遊詩人は一瞬だけ笑顔を浮かべてからすぐに両手で顔を覆った。泣いているのかも知れない。
今すぐにでも魔物のもとに向かおうと云うと、吟遊詩人は待ってくださいと押しとどめ、そこへ向かうのは夜半になってからにして欲しいという。聞けば、その魔物は大変に手強いのだが、一つ大きな弱点があってそれは夜目が利かないのだという。その為に、日が暮れてからは戦闘力が次第に下がっていき、夜半ともなる頃には昼間の半分程度にまで弱くなってしまうのだという。
しかしそれでは夜半まで魔物を放置することになり危険なのではないかと私が問うと、吟遊詩人は心配には及ばぬという。なんでもこの魔物は人に危害を与えることよりも、金目のものを集めることに執心しているらしい。事によると取り憑いた人間が普段とっている行動が反映されるのかも知れません、と吟遊詩人は自信たっぷりに云う。
そう云えば魔物が取り憑いたのは村で一番の金満家と聞いた。あり得ぬ話ではない。加えて吟遊詩人の説明ぶりには真に迫ってくるものがあり嘘をついているとは到底思えない。それに私を謀る理由もない。見れば、最前その住まいを訪問したときに見られた吟遊詩人の鬱屈、いまやそれは完全に失われ、かわりに真っ直ぐに前を向いている人間の溌剌が伺える。
やはりここに嘘はない。最前の鬱屈は伝説の鎧を盗まれた消沈によるものだったのだろう。私は吟遊詩人に「わかりました。夜半まで待ちます」と告げた。吟遊詩人はありがとうございますと礼を云ってから、頃合いになったらここへ迎えに来るという。金満家の屋敷なら既に知っているからそれには及ばないと云うと、吟遊詩人は快活な笑顔と共に、頼み事だけをしてそれに随行しないわけには行きませんから、と云った。