流石は伝説の吟遊詩人の末裔だ。それに恥じないだけの気概を持ち合わせている。年長者に失礼とは思ったが大いに感心をした。
 では、後ほど。吟遊詩人はそう云って帰っていった。私も戦の準備を整えなければならない。 手持ちの武具を確認する。丁度いい機会だと思って先日獲得した伝説の盾を手に取り構えてみたが、やはり重くて自在に操ることが出来ない。この盾を操れるだけの経験を積まなければならない、これが扱えなければ魔王を討ち果たすことは出来ないのだ。私は思いを新たにして伝説の盾を道具袋の中に仕舞い込んだ。
 大魔道士に事のあらましを説明する。同行を願うと当然です、と引き締まった表情で云った。だが目には涙が溜まっていてどことなく、嫌々肝試しに向かう小供のようにも見える。
 小供といえば我が娘の方はすっかり自分も同行をするつもりで、満面に笑顔を浮かべて嬉しそうに薬草など戦に必要なものを道具袋に仕舞うなどしている。だが今回ばかりは同行をさせるわけにはいかない。道々で出会う野良の魔物とは訳が違うのだ。
 娘に留守番をいいつける。落胆した様子を見せたが元来が聞き分けの良い子だ。直ぐに理解をして、気をつけてね、と明るい声で返事をする。

 よしよしと頭を撫でてやると娘が妙な事を云う。「あのおじさん、ちょっと変だね」。
 おじさんとは吟遊詩人のことらしい。どうしてそう思うのか尋ねてみると具体的な理由はないが、ただ、兎に角、なんとなく変だという。勘の鋭い子だから私には判らない何かを感じ取っているのだろうが、いまは娘の云うことに付き合っていられる状況ではない。私たちが出ていった後にはぐれぐれも大人しく待っているようにと多少きつい調子で云いつけた。
 陽が暮れる少し前に軽めの晩食をとった。次第に私たちの間の会話が少なくなっていく。陽が暮れて夜がやって来るとその緊張はいよいよ高まる。私はいま一度、装備する武具を改めた。鎧、盾、そして銅の剣。
 この銅の剣は故郷の城下町で私の活躍を一心に願っている妻が、私たち夫婦と心安い間柄の道具屋の若旦那にそう云って誂えてくれたものだ。この剣を手にする度に私の勇気は凛として奮い立つ。刀身を見つめて妻に誓う。この戦、勝ってみせる。
 もうすぐ日付が変わる。辺りは深閑として動くものの気配はない。娘は疾うに寝かしつけた。大魔道士は蝋燭の炎を涙目で見つめている。ところへ廊下を近づいてくる足音が聞こえてきた。