その刹那、不図、妙なことに気付いた。吟遊詩人が丸腰なのだ。いっさいの武具を身に付けていないばかりか、戦に必要となりそうな道具すら持っていない。まるで散歩に出かけるような軽装である。それを尋ねると吟遊詩人はなぜそんな当たり前のことを尋ねるのだろうという不思議顔で答えた。「だって私は戦には参加しませんから」。
 云われてみればその通りだ。吟遊詩人は私に魔物を倒し伝説の鎧の奪還を依頼してきたのだ。一緒に戦うとは一言も云っていない。
「ならば我々が戦っている間あなたはどうします」
「身を潜めながら周辺の様子を注視しています。なにかあったらあなた方に直ぐに報告します」  後方支援に回るということか。成る程、それも重要な任務だ。たとえば物音を聞きつけた村人がやってくるなどしたら面倒なことになる。
 吟遊詩人が邸の玄関扉の前に立つ。私と大魔道士に向かって目顔で「開けますよ」と無言のうちに云う。私と大魔道士は小さくうなずく。
 コツコツココツ コツココツ。
 どうしてノックを。魔物に我々の到着を知らせてどうする。そんな小さな疑念が浮かんだが、どうぞと吟遊詩人に促されて邸内に足を踏み入れた瞬間にそのような小さな疑念など忘れてしまった。

 邸内は漆黒の闇に支配されている。窓を通じて漏れてくるわずかな月明かりを頼りに慎重に歩を進めていく。玄関と対面にある壁の前に人影のようなものが見えた。すわ、魔物か。魔物が取り憑いたというこの家の主か。思わず息を呑む。肩を並べて歩く大魔道士のしゃくり上げる泣き声が小さく聞こえてくる。極度の緊張の中、私たちは歩を止めてじっと目を凝らす。
 次第に暗闇に目が慣れてきた。邸内の様々が実態を伴うようにして目に映る。人影のように見えた、私たちを極度に緊張させたものは、飾られるようにして置かれている鎧であると知れた。
 鎧? まさかと思って近寄ってみると果たせるかな、それは探し求めていた伝説の鎧であった。
 それと判った瞬間、小さな混乱に包まれた。魔物はなぜ現れないのだ。こうした重要なアイテムは魔物を倒すことによって初めて目の前に現れるものではないのか。宝箱に入っていたりするものではないのか。伝説の盾の時はそうだったではないか。というかそもそも魔物はなぜ現れない。
 様々な思念が頭の中で錯綜する。見れば、流石の大魔道士も涙を見せるのを忘れて伝説の鎧に見入っている。伝説の鎧はそんな我々の混乱を余所に、わずかの月明かりを反射して煌めいている。