考える前に体が反応した。鞘に収まっていた銅の剣をそのまま真っ直ぐに魔物めがけて投げつける。刀の柄の部分が魔物の顔面に打ち当たった。ぎゃっという声を上げて魔物が顔面を押さえてその場に昏倒する。次いで未だに泣いている大魔道士の横っ面を張り飛ばす。ぱぁん、という音が響く。その一撃で正気を取り戻した大魔道士に「魔物だ!」と男を指さしながら叫ぶ。大魔道士は即座に立ち上がってサンダラスの呪文を唱える。すると邸内であるにもかかわらずどこからともなく雷雲がやってきて、魔物に強烈な雷を浴びせた。
 ぎゃぅっ! と獣の咆哮を思わせる叫び声をあげて魔物はその場に崩れ落ちた。やったか。緊張を絶やさぬまま、暫くのあいだ注視をしたが魔物はぴくりとも動かない。
「終わった……んですかね」大魔道士がか細いような声で云う。
 私は、倒れている魔物を自分のつま先で小突いてみる。魔物はやはり倒れたまま動かない。その姿はそうと知らなければ中年の男性が部屋の中で、だらしなく寝込んでいるようにしか見えない。私は自分の耳を魔物の口元に当ててみる。
 すぅすぅ、という規則正しく繰り返される呼吸の音と、不愉快な類いの口臭が微かに臭ってくるばかりで魔物の存在を思わせる要素は感じられない。

「この男に取り憑いていた魔物は消え去ったようです」私がそう云うと、大魔道士は安心したのかめそめそと泣き出した。
 魔物は消え去った。私は男の上半身を抱えるようにして起こし、背中に回ってえい、と活を入れた。
 男は一瞬、ぐむぅ。と声を漏らしたが意識を回復するまでには至らず、代わりに気持ち良さそうな寝息を立ててそのまま寝入ってしまう。目立った外傷は見当たらず、このままでも心配はないだろう、と寝かせておく。
 鳴子を外し、遂に伝説の鎧を手中に収めた。得も云われぬ安堵感が全身を包んだ。
 屋敷の外に出てみると吟遊詩人の姿が見当たらない。大魔道士と暫く辺りを探して回ったが、なにぶん夜更けのことでもあり、その姿を見つけることは出来なかった。仕方がない、明日になったら改めて報告に行こう。そう考えて宿に戻った。
 持ち帰った大事の鎧を部屋の隅に置くと人心地がついた。滋味に溢れた輝きを放つその鎧を、充足感と共に眺めていると、その視界にカップが飛び込んできた。見れば我が娘が、満面の笑顔で水の入ったカップを差し出している。
「おかえりなさい! はい、お水!」
 私は娘を抱きしめた。