王暦721年某月某日

 いまだ病床にあるタイラスの街の若い神父とシスターを見舞い(神父は目覚ましいばかりの回復を見せている。数日で健康を取り戻すだろう)、世話になった礼と別れの挨拶をしてから街を出発した。
 目指す先は迷いの森だ。我々がいま探し求めている、七百年前に我が祖先が魔王ブラック・デモンを封印する際に使った伝説の剣が封印されているとの情報を得た為だ。
 この情報を我々に齎したのはタイラスの街で出会い、色々あった末に新たに我々の仲間となった神父である。普段から無駄口を利かない神父だからこの情報に関してもその根拠について語ることを殆どしない。ただ風の噂に聞いたと云うばかりである。こうして文字に書くと如何にも信用ならないようだが神父の口から聞くと、まるで剣を封印する現場に居合わせた人の話を聴いているような心持ちがしてくるから不思議だ。
 天候の不順もあり思わぬ足止めも喰らうこともあったが神父に先導されて歩くこと約二週間、ついに我々の目の前には鬱蒼たる迷いの森が拡が……らなかった。
 代わりに、我々の目の前には巨大な港町がそびえていた。



「これは……?」平素は極めて沈着な神父が珍しく狼狽を隠さずにいる。懐から、以前より神父が時折閲覧していた手帳型の地図を取り出し、目の前の港町とを互い違いに見比べては首を傾げている。
「あのぉ、前から気になっていたんですけど、その地図ってひょっとして古地図じゃありませんか」脇から大魔道士がおずおずと尋ねる。
「古地図? ……!」神父は何かに気付いたようにハッとなってから、顔と云わず首と云わず朱色に染めて俯いてしまった。「そうでした。ここでは……古地図でした」
 消え入りそうな声でそう云ったのを最後に神父はいつまでも恥ずかしそうに俯いている。普段みせる高潔な姿とは異なる粗忽ぶりについ可笑しみが込み上げる。
 我が娘がその背中に背負った小さなかばんの中から、私たちが出立の際に城下町で購入した最新の地図をとり出し私に差し出す。  それによればこの港町はポートサルマといい、世界の航海及び貿易の要衝を占める場所であった。
 我々は新たな情報を求めて街に入る。最後尾を悄気て歩く神父が「なぜ迷いの森がない……」と虚ろに呟くのが小さく聞こえる。