出航の朝を迎えるまでの間、海賊との戦闘に備えて銘々に準備を整えた。大魔道士や神父は呪文の確認をし、吟遊詩人は闘いを有利に進める為の詩歌を空で吟じている。私は武具の手入れと剣術の稽古に余念がなく、我が娘は銘々の間を走り回り足らないながらも何くれとなく手伝っている。
出航の朝が来た。上空は胸の空くような青空。荷造りを済ませ宿を引き払う。他の街と同様に宿屋の主人は宿泊料金を請求しない。私と娘が胸から下げている王家の紋章が最強の通行証として機能している為だ。
港には我々が乗船する船が停泊している。先日見た中規模の客船だ。あたりは閑散としている。早朝の為だろう、都市の喧騒も聞こえてこない。
船を眺めていると社長に声をかけられた。先日の様子とは打って変わった満面の笑み、相も変わらぬ間違った敬語で挨拶をする。
社長はその後海賊からの連絡は無いこと、船員は命を守る為にすぐさま海賊に投降し兼ねないこと、危険性を鑑み他の乗船客はすべてキャンセルをしたことなどを話す。社長はずっと満面の笑みでこれから自社の船が襲撃されるかもしれないという危機感は微塵もない。我々への期待の裏返しなのだろう。
「おじさん、おとついの日にさー、ここから小さな船で海のほうに出ていったよねー」突然、我が娘が口走る。一緒に見たらしい大魔道士も頷いている。
「あ、いや、そ。そうだったかな。よく覚えてないけど、ほら、おじちゃんの仕事はお船の、海の仕事だからね、海に出ていくのは当たり前なんだ。ね。あははははははは」社長は激しく狼狽していた。余程みられたくないところを見られたのだろう。
他人の私的な生活を軽々しく話題にするんじゃない、と娘を嗜め社長に不躾の非礼を詫びた。
気にしないでください、と社長は答えるがその額には冷や汗が浮いている。私も娘の不躾な発言に脇の下を冷や汗が流れた。
ところへ船長が入ってきて我々に挨拶かたがた、出航の準備が整ったことを知らせる。社長の話では海賊に襲われることを知らせてあるのは船長だけで船員には知らせていないらしい。彼らには不憫な話だが、それだけに我々が海賊に負けるわけにはいかないと一層の気合いが入る。
船員に先導されて船に乗り込む。錨が引き上げられる。拡げた帆にいっぱいの風を受けて、船はいよいよ大海に向かって水面を走り始めた。速度を上げながら船は港を離れていく。