「取り舵いっぱい!」船長の溌剌とした声が船上を行き交う。港では社長が手を振って見送っている。
 船はどのくらい進んだのだろう。出船の時には水平線から顔を出したばかりの位置にあった太陽が、いまや中天のそばまで昇っている。陽光を反射して煌めく海上は凪と表現されるべき穏やかさで、船に乗り慣れていない我々にも船旅の快適を存分に味あわせてくれる。
「前方に不審船発見! 海賊船と思われます!」
 船旅の快適は突如として破られた。マストに設置されたバスケットに上がり、遠眼鏡で四方を監視していた船員が船の進行方向を指さしながら有らん限りの大声で船中に報知する。
 兇悪な体裁の船が一直線に向かってくる。マストの先には髑髏が染め抜かれた毒々しいフラグがはためいていて成る程、海賊船以外の何物でもない。
 船長らしき男性が船員たちに向かって、それまでとは異なる緊張に溢れた声をかける。「いいか! いつものとおり無駄な抵抗は絶対にするなよ! 一週間も捕虜になれば解放されるんだからな!」
 船長が船員にかける発破、にしてはあまりに消極的だが、長年海賊と渡り合って来たなかで見つけた彼らなりの対処法なのだろう。


 船長の声に呼応して船員たちはそれぞれの持ち場に大慌てでついた。船上は緊張と静寂に包まれ、聞こえるのは帆が風を受けてはためく音ばかりだ。
「停船!」船長が命令を発する。船はゆっくりと速度を下げ、やがて海上に停止した。
 見る間に海賊船が近付いてくる。船体の大きさは我々の船と同程度だが、尋常とは思われぬ禍々しい雰囲気を発散している。
 目を見開き息を呑むようにして海賊船を見つめている我が娘を、半ば強引に抱き抱えて階下の船室に移動させる。私が良いと云うまで絶対に扉を開けてはいけないときつく云い聞かせる。普段は聞き分けのない娘だが今回は素直に聞き入れてくれた。部屋の内側から鍵が掛かったのを確かめてから急いで甲板に戻る。
 既に海賊船は我々の船に横付けされていた。海賊船からちんぴら風の若い男がひとり現れ、慣れた手つきで船べりを渡る為のはしごを掛ける。
 来る。我々は無言のうちに戦闘の陣形を整えた。攻撃を得意とする私と大魔道士が前衛に立ち、攻撃補助と特殊効果を得意とする吟遊詩人と神父が後衛に回る。魔王討伐の旅を続ける間に自然に出来上がった陣形だ。船上、寂として声なし。