叱りつけられた大魔道士は案の定、俯いて泣き出してしまう。その時だ。
 女将の様子がおかしい。何やら別人の姿に見えてくる。そんなはずはないと思い目を凝らしてよく見るがやはりその姿に別人のそれがまじっているように見える。やがて。
 あっ。と声をあげることすらままならない。女将の姿が、雷に打たれ倒れているご老人のそれと入れ替わった。
 だが、私たちがその状況を認識できたのはそこまでだった。女将から変身したご老人が何事か言葉を発すると、不思議な色をした光が辺りを包んだ。あまりの眩しさに、眼を開けていることすら叶わなくなる。
 どのくらいの時間が経ったのだろう。再び眼を開けたときには宿屋は勿論、クリメールの町すら消失していた。それに代わって、私たちの目の前に広大な平原が拡がっている。
 頬を撫でる風が心地よい。陽光がさんさんと降り注いでいる。遥か彼方の地平線に沿うように、鬱蒼とした森が拡がっているのが見える。
 更には旅の間、常に感じていた魔物の気配すら消え去っている。忘れかけていた平和を思い出す。



 他の面々の様子を確かめる。パーティに欠員は無い。大魔道士も相変わらず泣いてはいるがちゃんといる。
「ここ、どこ?」娘が誰に云うのでもなく云う。物怖じしない我が娘も、さすがにその声音が不安の色を帯びる。
 神父がそれに答えて云う。「おそらく……王暦が始まった頃でしょう」
 王暦が始まった頃……それが本当ならば、我が祖先が平和を回復させた頃、すなわち私たちが暮らす時代から遡ること七百年前、ということになる。
 神父が、何かに吸い寄せられるように北に向かって歩き出す。私たちもその後について歩く。
 いったい、なぜ、ここにいるのか、宿屋の女将らはどうしてしまったのか……。
 ひと足事に鬱蒼とした森が近付いてくる。更に歩を進めていくうち、私たちの耳に人々の喧騒が聞こえてくる。
 やがて城下町が見えた。どこか見慣れたような街並み。不図、足を止めてその先へと視線を移す。巨大な城がその威容を誇るようにして私たちを見下ろしている。あれは……マンダスク城?【to be continued…】