我が祖先が封印し、そこへ魔法使いの祖先が結界を張るという二重の鍵がかけられていた為に、洞窟の内部は静謐が保たれている。魔物は勿論のこと、人間を始めとする生き物がここに這入りこんだ形跡は一切伺えない。
 どのくらい歩いたのだろう。陽の光が感じられない為に時間の感覚が消失してしまい、正確なところは判らないが、さほどの時間を歩いたとは思われない。ほぼ一直線と云っていい道程を経て、四層からなる洞窟の最深部にたどり着いた。
 さほど広くは無い空間、その中央に宝箱がぽつ然と配置されている。明らかにこれがおかれる為だけにある空間だ。なにか重要なアイテムが保管されているという雰囲気が芬々としている。
 だが、宝箱に容易には触れることが出来ない。
 なぜなら宝箱の前には、それを守るようにして一体の、強大という印象を与えずにはおかない魔物が立ちはだかっているためだ。
 ところがその魔物からは一切の精気は感じられず全身の色彩もどこか淡く、まるで蝋人形のようでとても生きているようには思われない。
 これでは威嚇にも何もならないではないか。いったい、我が祖先は何を考えてこのような者を配置したのか。
 そんなことを思いながら宝箱に近づき手を伸ばした。その瞬間。

 魔物は突如として精気を取り戻し、兇悪な目で私を睨みつけ耳を聾するような雄叫びをあげた。
 咄嗟に手を引っ込め後ろに飛び退き、刀の柄に手をかける。すわ、戦闘か。そう思って見上げるようにして魔物を見やると、既に、最前までの精気を失った姿に戻っている。
 何やら肩透かしを食ったような、狐につままれたような思いに包まれる。傍らの大魔道士とそんな気持ちを話しあうことで事態の解決法を探ろう、そう思って大魔道士を見やると、目に涙を一杯に溜めて恐怖の為であろう全身をガタガタと震わせていた。
 まるで小供だ。女性に尋ねるのは憚られると思って聞かずに居たが、あとでいちど実年齢を確かめてみなければならないな。
 そんなことを思ってから、気を取り直して宝箱に手を伸ばす。
 その刹那、またしても魔物は精気を取り戻し、兇悪な様子に変じて雄叫びをあげた。
 咄嗟に飛び退き刀の柄に手をかける。やはりこんども魔物は精気を失う。
 傍らから大魔道士がめそめそと泣く小さな声が聞こえてくる。


 はっ。と、勢いよく息を吐き出して気を取り直し三たび宝箱に手を伸ばす。やはり魔物は精気を取り戻して威嚇してくる。飛び退くとまた元のように精気を失って立ち尽くす。
 見れば大魔道士はぺたりと地面に座り込みひっくひっくとしゃくり上げるように泣いていて愈々小供だ。
 その資格のあるものにしかこれを渡さないとする我が祖先の強い思いとその用意周到が伺える。
 だが感心をしている場合ではない。これを何とかしなければ、伝説の武具のひとつがいつまで経っても手に入らない。心に焦りが生じる。
 このまま泣かれても邪魔になる、と思って大魔道士を引きずるようにして後ろに下がらせてからまた宝箱に手を伸ばす。当然魔物は威嚇を始める。しかしここで手を引っ込めては同じことの繰り返しだ。意を決して戦いを続ける。
 強い。
 さすがは我が祖先が伝説の武具の守りに起用しただけのことはある。これに拮抗し得る力を今の私は持ち合わせていない。このままではこの場で、志し半ばで命を落とすことになる。死んでしまっては元も子も無い。そう思って刀を鞘に戻し戦いの意気を消沈させる。当然、魔物も元の精気を抜かれた姿に戻る。
 埒が明かない。どうしたものか。ご先祖様もなにもこんな仕掛けを施さなくても。
 そんなことを考えていると、傍らで未だ泣きやまずにいた大魔道士が、嗚咽の中から絞り出すようにして私に声をかけてきた。
「魔物が動き出したところで、私が魔物の精気を抜く呪文を唱えます。そうして魔物の動きを止めればあの宝箱の中身を取ることが出来るんじゃないでしょうか」
 やってみる価値はありそうだ。やはり仲間は力を合わせなくてはいけない。
 私は大魔道士に、やってみましょうと答えた。
 大魔道士はゆっくりと立ち上がり、懐から取り出したハンカチで涙を拭ってから、私に向かっていつでもどうぞと云った。まだ少しひっくひっく云っている。
 私はまたもや魔物に向かって剣を振り上げる。魔物もまた、精気を漲らせ咆哮を挙げて私に立ち向かってくる。いまだ! と、大魔道士に声をかける。それに呼応して大魔道士も呪文を唱えようと目を見開く。
 そのときだった。