ただならぬ気配を感じて振り返ると我が娘がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。
 混乱の極み。
 だが父性の反応は止めることは出来ない。魔物との戦闘を脇に置いて娘に意識を集中させてしまう。
 娘は、楽しい遊びに参加するときにきまってみせる、機嫌の良いにこにことした面持ちでこちらに向かってちょこちょこと駆け寄ってくる。
 何故、娘がここに? 私の頭の中に、改めて無限大の疑問が沸き起こってくる。魔物と戦っていることも忘れ、駆け寄ってくる娘の姿をぼんやりと見つめる。いまにして思えば僅かの間のことだったのだろうが、そのときには永遠と思えるほどの長い時間に感じた。
 私の元まで娘の足であと十歩。そこまで辿り着いたとき。
 最前果たした私の提案の通り、魔物に向かって呪文を唱え掛かっていた大魔道士が、娘の存在に気付いて振り返ったため、謝って娘に向かって呪文を唱えてしまったのだ。
 魔法の効果によって次第に精気を失っていく娘。そのまま娘は蝋人形のように固まりついに動かなくなった。
 この役立たずの手妻使いのガキめ! 思わず大魔道士を大声でそう罵ってから、周章てて娘のもとに駆け寄ろうとする。が、その刹那、魔物の咆哮が聞こえ、次いで後頭部に強い衝撃を受けてそのまま意識を失った。


 目が覚めると私は宿屋のベッドの上で寝ていた。
 朦朧とする意識のまま、ゆっくりあたりを見回すと、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる娘と宿屋の女将がいる。
「おとうさん。おとうさん」
 私が意識を取り戻したことに気がついて、娘はここを先途とばかりに必死の形相で声をかける。
 その娘に向かって「大丈夫だよ」と声をかけてやる。娘はそれを聞いて満面の笑顔を見せてから、すぐにめそめそと泣き出した。安心したのだろう。
 すると、娘の背後にいた宿屋の女将が笑顔で私に声をかけてくる。
「褒めてやってくださいな。お嬢さんが頑張ったおかげで、伝説の盾が手に入ったんですよ」
 と、伝説の盾を捧げ持ち、私に見せてくれる。控えめではあるが、滋味に富んだ輝きが見るものに威厳を感じさせる。なるほど伝説と呼ばれるに相応しい盾だ。
 続いて娘がしゃくり上げながら、女将の後を継いで話を続ける。
 両目からそれぞれ涙の一本線を走らせ、更にはひっくひっくとしゃくり上げ、それでも一生懸命に自分の冒険譚を話す娘。正直なところ、何を云っているのかさっぱりわからない。だが、それでも構わない。事の仔細は解らないままだか、とにもかくにも娘が無事でいて、更には伝説の盾が手に入った。私はこの上ない安心感を覚え、相変わらず訳の解らない、それでいてどこまでも嬉しそうに語る娘の冒険譚を聞きながら再び寝入ってしまう。