そのままその日は宿屋に泊まりゆっくりと身体を休めた。
 翌朝、心身ともに充実を取り戻した私は早速、娘とともに出立の準備を整える。
 旅支度が済むと、女将が出してくれる心尽くしの手料理を頂戴し(それは相変わらずの美味さであった)、いよいよ出立に取り掛かる。
 世話になった礼を述べてから宿代を払おうとすると、女将は滅相も無い、伝説の勇者様そのご末裔様から代金を頂戴などしたら罰が当たります、と恐縮して受け取ってくれない。それではこちらの気が済まない、そう思って無理やり女将の手に金を載せる。女将が困ったような表情で手に載せられた金を眺め、少しばかり思案投げ首の態となってから、やおら娘の前に立って、
「じゃぁこのお金は、お嬢様にしていただいたお留守番賃として差し上げましょうね」
と云って娘に渡した。
 いいの? と不安そうに目顔で尋ねる娘に、大事にとっておきなさいと云って頭を撫でてやる。満面の笑みを浮かべて喜ぶ娘の様子に場の雰囲気が和らぎ、また華やいだようになった。
 出立の間際、女将が、この街から北に向かったところにある山間の村で、伝説の鎧に関する噂を聞いたという泊まり客があったことを教えてくれた。次に向かう先は決まった。
 女将は街の入り口まで見送りに出てきてくれ、私たちの姿が見えなくまるまでいつまでも手を振ってくれていた。私と娘も、何度も振り返っては手を振り続けた。
 北に向かう前に大魔道士の住まいに向かって歩いていく。出立の前にやらなければならぬことが出来たといって戻っていた大魔道士を迎えに行く。
 その住いのそばまで行くと、大魔道士は既に準備を整え私たちの到着を待っていた。


 大魔道士は私たちに逢うなり、昨日の不始末を盛んに詫びた。
 私は、元はといえば我が娘の闖入の為に起こった不測の事態、大魔道士様が気に病むことはありません、と返答をした。大魔道士は安心したのか、また泣き出してしまった。優しい言葉をかけられて泣き出すとは私の娘とやっていることが変わらない。やはり小供の精神構造だ。
 大魔道士が泣きやむのを待って、ようやく私たちは北に向かって歩き始めた。娘は最前からこの大魔道士を気に入っていたようで、旅に同行することを心から喜んでいた。
 どのくらい歩いたのだろう。見上げれば陽は中天に差し掛かっていた。歩みを止めて腰を下ろし、中食の休憩を取ることにした。
 宿屋の女将が持たせてくれた中食に舌鼓を打ってから、不図、試みに伝説の盾を手に持って構えてみた。
 ところが、これが思うに任せない。持った印象はまるで羽根のように軽いのに、いざ構えてみると、盾の重みに耐えかねてしまって制御が出来ない。おそらくはまだ、これを自在に取り扱うだけの力量が私に不足しているということなのだろう。だが、いつかは我が祖先のようにきっとこれを使いこなしてみせる。そう心に決めて盾を道具袋の中に仕舞い、再び北を目指して歩き始める。
 遥か先に小さく見えていた山々が、いつの間にかずいぶんと大きく見えていた。不図、振り返るってみるとクリメールの街はやはりもう見えない。
 果たしてこの先、どんな出来事が私たちを待ち受けているのか。私の少し先をまるで歳の離れた姉妹のように戯れあいながら歩いている娘と大魔道士を眺めながら、未だ先の見えないこの旅の行く先に思いを馳せた。