海面は激しくうねり船も大きく揺れている。二艘の船べりに渡されていたはしごが海に落ちた。揺れの激しさに船上の人間はまともに立っていることすら叶わない。いったい何が起こったのか。最早敵も味方も無い。そこに居る全ての人間がこの揺れに耐えることのみを考え行動していた。
やがてうねりが収まり海に静寂が戻る。海賊船から声が上がる。「海の悪魔だ!」
首領ならびに海賊たち、さらには我々の船の船員たちの間にも緊張が走る。
海の悪魔? その疑問に対するその答えはすでに出ていた。我々がいる船の舳先、そのわずか数メートルのところに巨大な烏賊のような生き物が浮かんでいた。
「我々のことは後回し! いまはあいつを倒すのが先だ! いいな!」首領の言葉に得たりやおうと頷く。人間同士で争っている場合では無い。
「やれっ!」首領が海賊船の船首部分に居る手下に命令をすると、一人の手下が手にした銛を海の悪魔めがけて投げつけようとする。
だが海の悪魔は電光石火、長い足を振るって手下を薙ぎ払う。げいん。という肉がぶつかりあう嫌な音を立ててから手下が海中に落下していく。
海の悪魔は頭部にある目玉をぎろりと動かし我々を見据える。蛇に睨まれた蛙ならぬ烏賊に睨まれた人間。思わず足がすくむ。
海の悪魔は海面を掻き分けるようにして我々の船に真っ直ぐ向かってくる。舳先の寸前までくると長い足を海中から振り上げ舳先にかける。船に乗り上げるつもりなのだろう、一本、また一本と舳先に足をかけていく。
「させるかっ!」海賊の首領が腰に下げていた偃月刀をすらりと抜いて駆け寄り、海の悪魔の足を切りつける。すぱん。海の悪魔の足は見事に切り落とされ青黒い、血液と思しき体液が飛び散る。
私は素早く、切り落とされてなお甲板上に蠢く足を蹴り上げ海中に落とす。やった。そう思って魔物を見るとなんということだ、見る間に切り口から足が再生していく。呆気にとられて眺めているうちに魔物の足は完全に再生してしまった。俄には信じ難い光景に背筋が冷たくなる。
海の悪魔は船首部分に身体の半分近くを乗り上げた。船は魔物の重みに耐え兼ね船首の側に傾ぐ。我々、首領、この船の船長以下船員が一丸となって攻撃を加えるが魔物の完全な乗船を阻止するのが精一杯だ。