一進一退の攻防が続く。我々は全精力を傾けて攻撃を繰り返すが、海の悪魔に決定的なダメージを与えることは出来ない。船員や海賊の手下は疲弊し傷つきやがてその全てが戦線から離脱した。船長は自ら舵輪を操り船を転覆させまいと懸命の操舵を続けている。首領は偃月刀を振るって健闘しているがその攻撃力は目に見えて下がっている。
ぐはっ。げへごほがほっ。私の背後にいた吟遊詩人が激しく咳き込みがっくりと膝をついた。我々の戦意を高揚し攻撃と防御の力を増大させる詩歌を吟じ続けていた彼の咽喉が、とうとう限界を迎えたのだ。見れば喀血までしている。
弱っているのは彼ばかりではない。大魔道士は持てる魔力をほぼ使い果たしいまでは子供だましのような攻撃呪文しか使えなくなっている。私にしても生命力が大きく減退し先ほどから眩暈に襲われている。比較的余裕が残っている神父は回復・補助系統の呪文を唱え続けているが誰かを生き返らせる呪文ザイロクを唱えるまでの余裕はなく、元より攻撃力は期待出来ない。
死の予感が現実感を伴って迫る。だがその予感を振り払う体力は残っていない。朦朧とする意識の中に私の帰りを待つ妻と義父母の姿が朧に見えた。
「危ないっ!」神父が私に体当たりをしてきた。仰向けに倒れたその眼前わずかのところを勢いのついた海の悪魔の足が通過していく。
朧な夢から覚めた私の目に、中天高くに振り上げられた海の悪魔の足が、真っ逆さまに降り降ろされてくるのが見えた。
私に覆いかぶさっている神父を跳ね除ける。迫り来る海の悪魔の足を見ながら、この一撃を喰らって私は死ぬ、後は頼む。そう観念して目を閉じる。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」その瞬間、これまで聞いた事がないような叫び声、咆哮が聞こえてきた。
目を開けると海の悪魔が全身を痙攣させて苦しんでいる。振り降ろされるはずだった足は助けを求めるように天に向かって苦しげに伸ばされている。立ち上がってみると、海の魔物の全身が華々しくも毒々しい色に変色している。口と思しき部位から泡を吹いていてその姿は食物の毒に中たった人間さながらだ。
海の悪魔の変調を見て取った海賊の首領が偃月刀を海の悪魔に向かって投げつける。偃月刀はその三日月のような刃先をくるくると回転させながら飛んでいくと、海の悪魔の目玉を切り裂きそのまま綺麗な弧を描いて首領の手に戻ってきた。