ぐげぇっ。海の悪魔は青黒い血飛沫と断末魔の咆哮をあげ、のけ反るように海中に沈んでいく。巨大な水飛沫があがり船が大きく揺れる。その揺れが収まる頃には、海の悪魔の姿は完全に海中に消えた。
 海面を見下ろすと発泡剤でも入れたかのような激しい気泡が立ち昇っている。気泡の中に、紫に変色した塵のような肉片が混じっていて、海の悪魔が海の藻くずとなったことを声高に説明していた。
 勝った。終わった。安堵感に包まれた全身から力が抜け、みっともなくその場にへたり込む。あたりを見回せば大魔道士は小供のようにぺたりと座りこんで小供のようにしゃくり上げて泣いている。吟遊詩人は仰向けに倒れたまま苦しげな呼吸を繰り返している。その吟遊詩人を比較的体力に余裕が残っている神父が介抱し、治療の目的で回復の呪文を唱えている。首領は偃月刀を手にしたまま海面をじっと見つめ、船長は舵輪に突っ伏し大きく肩で息をしている。
 それにしても魔物はいったい何故、突然苦しみ出したのだろう。考えたがその理由はまったくわからない。
 思案投げ首の態で居るところへ分厚い掌が差し出される。「やりましたな」


 海賊の首領が笑顔と共に握手を求めていた。その掌を握り返すと首領は続けて云った。
「魔王が復活してからというもの、海にも魔物が現れるようになって……あの烏賊の化け物にもずいぶんこれまで酷い目に遭わされてきていてな。しかしこれで幾らかは安心して海に出られる」
「しかし、魔物はあいつだけでは無いのでしょう」
「ああ。他にも大小、いろんなのがいる」
「でしたらやはり、いまは人間同士で争っている場合ではありませんね」
「まったくだ。俺の倅も魔物にやられたしな」
 首領が云った倅、という言葉を聞いてようやく我が娘のことを思い出した。船が大きく揺れてさぞや怖かっただろうと思い急いで船室に向かった。
 船室に向かう階段を下りようとした刹那、我が目を疑うような光景が飛び込んできた。船の最後尾、舳の部分に我が娘が立ち、船べりから海面を覗き込んでいる。駄目じゃないか勝手に出てきちゃと叱り付けながら娘の元に駆け寄る。
 怒られるとは思っていなかったらしい娘は吃驚したような顔で私をみている。
 どうして出てきたんだ、と問い質す私に対して娘は手に持った空の硝子瓶をさし出した。