改めて、時を遡るという案に思いを巡らせる。荒唐無稽に過ぎる思いつきだと不安を抱かないわけではない。だが、魔王の復活に世界が脅かされているのだ。その手段の是非について迷っている暇は無かった。
 未だに泣き止まない大魔道士の体調と精神面を考慮して、その実行は明日とすることに決めた。そのまま宿に投宿をし明日に備えて英気を養った。
 揃って夕飯を摂りつつ、これから向かうべき時代について話し合う。
 その結果、我が祖先である伝説の勇者が魔王の魂を封印し、平和を回復した後に国王となった頃と決まった。平和な世界であれば剣の必要性は低く、借り受けもしやすいだろう、また、その頃であれば後の時代のように(いま我々が直面しているように)剣が散逸していることも無いだろう、との判断からである。
 いつものように男性陣、女性陣に部屋を別れてそれぞれ寝所に入る。明日になれば剣が手に入るかも知れない、そうしてまた、我が祖先である伝説の勇者と対面を果たすことが出来るかも知れない、そんな期待を胸に抱きつつ眠りにおちていく。最前から聞こえていた吟遊詩人のいびきが次第に遠ざかる。



 翌朝、娘に揺り起こされて目を覚ました。娘はひどく切迫した様子で私に何事かを訴えている。寝惚け眼を擦り、起き抜けのぼんやりとした頭脳をやっとのことで稼働させて娘の訴えに耳を貸す。「おねえちゃんがいなくなっちゃったの!」
 瞬間、あたりがぽかん、とした空気に包まれる。私と同様、娘の闖入によって目を覚ました吟遊詩人と神父も呆気にとられたような顔をしている。
「おねえちゃんがいないんだってば!」目にいっぱいの涙を溜めた娘が、改めてそう訴える声にようやくぎくりとなって飛び起きる。
 男性陣の部屋の対面に位置する女性陣の部屋、開け放たれたままの扉を通って中に駆け込む。
 部屋をざっと見回す。二つ並んだベッドのうちのひとつが、まるでいまベッドメイクされたように整えられている。大魔道士の荷物は既になく、彼女がここにいたことを示す痕跡はもはやなにひとつ見当たらない。
「昨日の夜、いっしょに寝たんだけど……ごめんなさい」そう云ってとうとう泣き出した娘を宥める。
「こりゃ本格的に消えちまったな」吟遊詩人がひとりごちる。神父は黙したままで何も語らない。私も語る言葉を持たず、娘の泣き声だけが聞こえる。