その声を入室の許可と受け取った衛兵は「ご歓談のところ失礼をいたします」と一同に頭を下げてから、素早い足取りで大臣の元に馳せ参じ小声で何事かを告げる。聞き終えた大臣は表情一つ変えることなく、王妃殿下に近寄りその耳元に何事かを囁く。聞き終えた王妃殿下は大臣に微笑しながら「よしなに」と云った。その短い言葉を契機に大臣と衛兵が奥の間に消えていく。衛兵が持ち寄り大臣を通じて王妃殿下の判断を仰ぐにまで至ったその事柄の仔細はついぞ解らなかったが、要するに我々には関係のない事柄なのだろう。
王妃殿下は気を取り直して話頭を転じる。「ララミーへの道程はご存知ですか」
私は娘のパックパックから日頃常用している世界地図、つまりはいま居る時代から七百年後の世界地図を取り出し王妃殿下に拡げて挿し出す。王妃殿下は受け取り、これが七百年後の世界……とひとりごちてから自ら世界地図を熟覧する。
「世界の形状はいまとさほど変わっていないのですね。この地図の通りに進めば迷わずララミーまで行けるでしょう」そう云ってから王妃殿下は顔を上げる。微笑みを湛えた王妃殿下は、手にした地図を畳みながら続けて云う。
「ここからララミーまでは馬を使って半日というところでしょうか。今日はもうすぐ陽が暮れる頃合い、今から出立したのでは到着は真夜中になってしまいます。一刻も早く剣を獲得したいところでしょうが、この世界はあなた方にとっては極めて不案内な場所。安全のために出立は明日一番になさい」地図を私に返して寄越しながら相変わらずのたおやかな口調で王妃殿下はそう云った。さらに傍らに控えていたメイドに向かって我々の宿泊の手筈を整えるよう命ずる。弾かれたように部屋を出ていったメイドが五分後に戻ってきたときにはもう城内の客間に我々の投宿先が用意されていた。
王妃殿下の陣頭指揮の見事なことにある種の感激を覚えていたところへ、奥の間から大臣が戻ってきた。大臣は王妃殿下に何事かを囁きかける。説明が無かったからその話の内容は解らないが、報告を聞き終えた王妃殿下は応諾の意味合いと見える笑顔と頷きを大臣に向けた。大臣は王妃殿下、ならびに我々に向かって小さく一礼をするとその場を辞すべく踵を返して再び奥の間に向かって歩き始める。
「あの、大臣」私の斜後ろに立っていた大魔道士がおずおずと声をかける。呼び止められた大臣は歩を止めて振り返る。