「あ……あの……大臣は勇者様と共に、魔王の魂を封印した魔法使いだとお見受けいたしますが」大魔道士は小さく身を捩りながら搾り出すようにそう尋ねた。見れば大魔道士の目にはいつもと同じように一杯の涙が溜まっている。我々の目には見慣れた姿だが彼女の性格/性質を知らぬ人が見たら、決死の覚悟で言葉を発したように見えるだろう。
大魔道士の声に振り返った大臣は大魔道士の極度の緊張を見て取ったのだろう、ふっと小さく微笑してから「ええ」と答えてゆっくりとうなずいた。
大魔道士はすでにひっくひっくとしゃくり上げて泣いていて言葉にならない。大臣は歩を進めて大魔道士の前に立つと、まるで親戚の幼い姪っ子にでも話して聞かせるような優しい口調で云った。「あなたは私の子孫であることは初めてその姿を見た時から判っていました。これからも魔法の研鑽を怠ることなく、こちらにいる勇者のご末裔様をよく助けるのです。よろしいですね」
いまや泣き崩れる寸前となった大魔道士の肩を小さく叩いて励ましてから、大臣は失礼しますと改めて我々一同に会釈をしてから奥の間に下がっていった。大臣の姿が見えなくなると同時に大魔道士はまるで小供のようにその場に力なくへたり込んだ。
泣き崩れた大魔道士の気持ちはよく判る。先祖と邂逅出来るというのは誰にとっても奇蹟のような経験だろう。しかも我々は祖先に対する意識も殊の外に強い。伝説の勇者の末裔としてこの世に生を受けてからずっと、その血縁に恥じない人間になるべく研鑽努力を重ねてきた。そんな我々が実際にその祖先と邂逅を果たしたのだ。大魔道士でなくとも泣き崩れてその場にへたり込むぐらいのことはしただろう。そう考えるとこの国の国王、即ち伝説の勇者と邂逅出来なかったのは返す返すも残念なことだ。仮に偉大なる我が祖先と邂逅が出来たのなら私とてその場で泣き崩れたことだろう。
大魔道士は一頻り泣いたところで落ち着きを稍取り戻した。それを見て取った王妃殿下がメイドに向かって我々一同をひとときの寝所となる客間に案内するよう命ずる。我々は王妃殿下に、ここまでの丁寧な応接と諸々の段取りに対する礼を改めて申し述べてから閲見の間を辞した。
これがホテルであればスイートルーム、といった塩梅の豪華な客間に案内される。明日の朝までという短い滞在で終わらせるには惜しい部屋だ。家具調度品の類いはどれも意匠/作り共に極めて上等で上流階級が使うに相応しい高級感を湛えている。