■いつしか、受け取る側が相手ではなくなっていた。
――何があったんですか。
山田 ところがそうしたスタイルが完成してからすぐに、そのフォロワーが発生したんですね。私どものスタイルを、表層的な部分だけで真似た質の悪いフォロワーが、それこそ雨後の筍の如くにです。それからというもの、宣伝メール=馴れ馴れしい文面というのが定着を果たしました。
――メールソフトによっては冒頭の数行が表示されますから、それを見ただけで、あ、これは迷惑メールだと解ってしまうようになりました。
山田 フォロワーの皆さんは、私どもの造り上げた宣伝メールの表層的な部分である、砕けた文面、というところだけを真似されますので、結果的にひどく程度の低い文面の宣伝メールになってしまったんですね。「ハーイ! 元気!? 今日はこのあいだお前に話した人妻の集まるサイトを紹介するぜ! そりゃもぅ入れ食いとはこの事、会って即それこそ2分で合体もぅマジやめられないとまらないえびせん状態なんだぜ!」といったような、それこそバカが書いたとしか思われないような宣伝メールが氾濫するようになってしまいました。
――フォロワーは日を追う毎に増えて行きますし。
山田 そうなんです。あのときは「水は低きに流れる」という言葉を目の当たりにする思いがしました。しかしこれはもぅ本当に私どもが、その原因を作ったという意味に於いて反省する部分も大いにあると思っています。
――しかしそれだけ山田さん達の存在が大きいとも言えますね。
山田 そういっていただけるのは何よりです。で、そうした反省を踏まえて次に展開したのが、返信のスタイルをとった文面の宣伝メールです。
――返信、ですか?
山田 少し固めの文体にして「先日ご連絡いただいた件について調査がつきましたのでご連絡申し上げます」といった文章から始めるようにするんです。これによって、メールを受け取った側は、あれ? 何の用件だろう、となって迷惑メール扱いをする前にメールを開くんです。
――しかしそれですと、先ほど言った口コミのスタイルや親しみを覚えさせる文面とはかけ離れてしまいませんか。
山田 ですが、いま申し上げましたように、既に時代は砕けた文面を求めていた頃とは変わってしまっているんですね。宣伝メール=馴れ馴れしい砕けた文面のメール、という認識が出来上がっていたんですね。更には宣伝メールとはDMから産まれたものでありますから、先方から一方的に送り付けられるものだ、という認識も根強く残っています。そうした認識、というか常識が出来上がっている中にあっては、やはり、それとは真逆の方策をとるべきだろう、という発想からこのスタイルを編み出したんですね。この方策は、最終的には件名に「Re:」と返信であることを示す記号を入れるところまで到達しました。
――確かにえっ、と思って見ちゃうんですよね「Re:」がついていると。緊急性があるように見えて。その効果の程は如何でしたか?
山田 ありました。それまで、宣伝メールに対するレスポンスが、月平均で12%ずつ下降していたんですが、これを採用して以後は16%ずつ上向きました。
――それは凄いですね。
山田 しかしこれもすぐに、私どもにとって好ましくないフォロワーが続々と現れてしまいまして……(苦笑)
――はい。一時期、迷惑メールフォルダが「Re:」と付いた件名で溢れていました(笑)
山田 それでも、私どもが採った方策に準拠して、宣伝メールを作成してくれるのならばまだよいのですが、そうしたフォロワーの皆さんは、件名に「Re:」を付けただけで、内容はそれまで同様のバカが書いたような、それこそ義務教育を修めたとは到底思われないような文面のメールを平気で送るんですね。これには本当に迷惑をしました、というか未だに迷惑をしています。なにやら宣伝メールを送るユーザーさんではなく、そうしたフォロワーの皆さんと、日々、イタチごっこをしているかのような徒労感に襲われることがいまでもあります。
――でも、繰り返しになりますが、フォロワーが産まれるのは凄い事ですね。
山田 そうなんです。迷惑と思う一方で、フォロワーが産まれないのもまた困るという思いもあるんですよね。それだけ私どもに魅力が無いということでもありますからね。
――時代の先頭を行くものが常に抱える悩み、というところですね。チーム・ブランケットの提案による迷惑メールと、そのフォロワーが作った迷惑メールとを見分ける、具体的な部分はありますか?
山田 もっとも解りやすいのは、文面に於いて誘導するリンク先が、詐欺に相当するものになっているかどうかですね。我が社ではそうした詐欺行為を行う企業とはいっさい取引をしておりません。何時何日までに幾ら幾らを振り込め、などという詐欺まがいの事とは無縁ですので。なにぶん、セキュリティについて恐怖心を煽る商売だ、なんて思っている人間の集まりですから。
――なるほど、大いに納得しました。では、その後、現在に至るまで、迷惑メールについてどのような変化があるとお考えでしょう。
山田 2005年頃から、それまでインターネットに無縁だった世代が参入してきました。それまでと比べて年齢層が若干、上になる世代ですね。こうした方々の特徴として、世の中の殆どの情報をワイドショーを始めとするテレビ番組で得るということがあります。であれば、そうした方々の目を引くには、やはり世の中で話題になっている事柄、キーワードを採入れるのが最適と考えました。
――適合するように文面を変えるのですか?
山田 いいえ。件名や送信者といった真っ先に目に飛び込んでくる部分にずばり使うんです。「あ○あ○大辞典で紹介されたあのダイエット法を大公開」といった具合にです。この場合、文面は特に気にする必要はありません。伝えたい内容をわかりやすく記したものであれば構いません。
――それは何故なのでしょう。それまではずいぶんと文面にこだわっておられたと思いますが……。
山田 この世代の方々はテレビ番組の延長でインターネットを捉えているんです。ですから、テレビで話題になっているキーワードが直接、自分のパソコンや携帯電話の中に届いてくる、それを求めているんですね。それが満たされていさえすれば、あとは自然と内容にまで目を向けてくださるんですね。
――なるほど。
山田 他にも、送信者の名前を、有名芸能人や政治家をもじったものにするなど、細かい部分でもいろいろと手を施しています。施してはいるんですが、やはり……。
――好ましくないフォロワーが大挙発生しているんですね。
山田 そうなんです。件名や送信者からして色欲、金銭欲、物欲まるだしの品の無い宣伝メールを平気で、大量に送られてしまうと、如何に私どもといえども「これは迷惑メールと呼ぶ以外に無いよな」と思わざるを得ません。私どもが造り上げてきた世界が、日々穢されて行くのを見るような思いがしています。
――お察しします。しかし、何故このような状況を招いてしまったのでしょう。
山田 人々がそれを求めたからでしょう。
――え? どういういことでしょう。受け取る側は迷惑メールはやはり迷惑なもので、出来れば来ないで欲しいと思っていると思いますが。
山田 世の中から犯罪が消えないのと同じように、もう、そうしたいわゆるスパム・メールが無くなることはないんです。
――……。
山田 そうした世の中に定着したスパム・メールについて、それがある中で暮らす人々が、スパム・メールとはこういうものである、と心に思い浮かべる共通の認識、それが具現化したのがいまのスパム・メールの在り方なんです。これはもう変えようがありません。宣伝メールに限らず、作り手というものは、常に受け手の意識を汲み取って何かを造り上げるものです。とすれば、出来上がったものには、常に受け手の意識が反映されているものなのです。
――は、はぁ……えと、なんだか、えらいところに話が来ちゃったな……えと、あの、では、今後迷惑メールはどうなっていくのでしょう。これまで山田さんらが推し進めてきたような変革は今後は齎されないのでしょうか。
山田 実は秘策を用意してあるんです。
|